コラム|『学び』はもっと自由であっていい

こんにちは。
夢中教室WOW!の辻田です。

今回は、『学び』とは何だろう?、というテーマでお話させていただきます。

学びを得られるのは教科書からだけ?

「学び」というと、何を想像するでしょうか?

教科書を読むこと。
問題を解くこと。
学校や塾で先生から教えてもらうこと。

いわゆる『勉強』と結びつけて考えられることが多い『学び』。

しかし『学び』とは、もっと多様で、もっと自由なものではないでしょうか。

“水が氷になる”テーマを例に考えてみます。

きっと10人の人がいれば、”水が氷になる仕組み”を知ろうとするなら、10通りをはるかに超える『やり方』と『学び』があることでしょう。

実際に冷蔵庫に水をいれてその様子を観察する子もいるでしょうし、
冬に池の水が氷になっていくのを動画に撮る子どももいるかもしれません。

本来、『学び』はそれを知りたいという好奇心から生まれるものであり、教科書”だけ”から得られるものではなく、もっと自由なものです。

そもそも学びの内容に正解はない

そしてそこから得られる『学び』は、決まった正解があるわけでもありません。

水が氷になることを観察したら、
「寒いと固くなる」と気づく子もいれば、
「物は固さが変わる」と考える子もいれば、
「氷になったらその中にいる生き物はどうなるんだろう?」と問いをうむ子もいる。

どれも素晴らしい学びであって、どの学びがより正解かを求めるのはナンセンスです。
どの気づき・問いも、その子の世界が広がっている、素晴らしい瞬間です。

学びとは、その人がもっていた世界が広がること。
外側から提供できるのは、『学び』自体ではなく、あくまで世界が広がる『きっかけ』にすぎません。

そう捉えれば、学びはもっと自由であり、全人類がワクワクできるものなのかもしれないですね。